CSで「リトルブッダ」観ました。
ちょうど、最近読んでる「トキオ」で感じた
「生」とは?とダブったり繋がったりして
最後までじっくり観ちゃいました。
「リトルブッダ」のメインテーマは輪廻転生なのですが
生きるってことの意味をちと考えました。
少し、前に知り合いのお坊さんに現世でできなくても
来世の宿題として残しても良いのではないかと質問したことがありました。
けれど、そのお坊さんは、来世があるとは限らない。
現世を精いっぱい生きることが大切ではないかと言われました。
自分が生まれてきたことに意味を求めるのは、極普通のことだと思うし、
何か成し遂げたいと思うこと。
生まれてきた証を残したいと思うことも。大切だと思う。
でも、「リトルブッダ」を観て「トキオ」を読んだとき、その考えが少し違ってきたように
思える。正確にいえばここ数年、少しづつ変わってきた感じ。
生きた証に形はない。考え方しだいだとそう思う。
死に向かって人は生きる。別に急ぐことはない。
トキオみたいに生んでくれたことを両親に素直に感謝する、そこまで
残念ながら私はたどりついてないんだけど。

私は、トキオほどの重病ではないけど、子供のときから現在にいたるまで
ある病気と戦いながら、今は共生している。
この病気さえなかったらと、何度おもったかしれない。
病気のない自分の人生を想像して現実から逃避し自分を慰めてたこともある。
いっそのこと死んでしまう病気だったら良いのにって真剣に考えたことも
1度ではない。
誰もが苦でもないことが普通にできることができない身体が、
悔しくて疎ましくてしかたなかった。
それを理由に逃げてきたことも数多くあって、それもまた
悔しく疎ましい。
「美しく生きる」って具体的にどう生きることかまだ、見つけられていない。
漠然としているけど、私は「美しく生きたい」と願っている。
なんだか、「リトルブッタ」「トキオ」から話しが離れちゃったけど…
歯を食いしばって、何かを成し遂げようと生きることは
とりあえず今は、休業って感じで…
小学校のとき、発病してから長いこと歯を食いしばって生きてきたし
まぁ、歯を食いしばらないとみんなと同じようにできなかったこともあるんだけど…
やっと適当に生きられるコツを掴んだ感じだから
不安はいっぱいあるけど、今を大切に
柔らか頭で、少し先を見つめて行く。
そんな感じで。
正解、不正解。成功、失敗。幸せ、不幸せ。
真理はどこにあるのだろう…
そんなこんなの今日この頃って感じです。